第一章『魔術師 名城 汐音』

 

 

少女の名は「名城 汐音(なしろ しおね)」

魔術師の家柄に生まれる。

しかしその家は魔術師としてはとても日が浅く、名城汐音で3代目を数える程度である。

彼女の祖父母が魔術と間接的に関わり始め。

彼女の両親が正式に魔術を学びそして彼女もまた魔術を学んでいる最中である。

名城の家系は魔術師として日が浅い為、

典型的な魔術師の家系とは異なり現代の技術の便利さを許容し機械類を使用している。

 

幼い頃から名城汐音は魔術師としての意識が低く、

一般的な生活を送り、生来の性格も手伝って常に游びたい盛りであった。

これには祖父母両親共に苦労したが。

なんとか魔術を叩き込み、平凡な魔術師程度の知識を有するまでに至った。

しかし祖父母たちは、このままでは名城の家系は落ちぶれて行くだけと考えていた。

だからこそなんとしても一人娘である汐音には、立派な魔術師として大成して欲しいと願っていた。

その願いとは裏腹に、一般的な勉学すら平凡な名城汐音が魔術の名門と呼ばれている

「時計塔」や「アトラス院」等に入れる実力があるはずもなく。

落胆する祖父母たちであったが、名城汐音が17歳の時に最大の機転を迎える事となる。

それは魔術協会の名門の一つ「彷徨海」が日本近海に現れたというのだ。

 

彷徨海とは。

魔術協会三大部門の一角。

北欧を根城とする原協会で、

その名の通り海上を彷徨い移動する山脈の形をしているという。

主に肉体改造を主軸としている。

 

祖父母たちは肉体改造を主軸としている彷徨海であれば、娘が入門出来るのではと。

考えたのだ。 何故なら名城汐音は余りある運動神経の持ち主であったからだ。

その運動神経の良さだけを頼りに名門に入り家柄を上げようとした。

 

『汐音ー! 汐音は居るか!? 』

『どうしたのじっちゃん、ご飯ならさっき食べたでしょ? 』

『ばかもん! わしゃまだボケとらんわ!! 』

『わわっ、危ないなもう、冗談なんだからガンド飛ばさないでよね。

 で、そんなに慌ててどうしたのさじっちゃん? 』

『ふぅ……良いか汐音、これから話す事は大事なことじゃ。

 お前も知っての通り名城家は魔術師としては未熟じゃ。

 だからのぉ、汐音お前を魔術の名門に入れる事にしたんじゃ。』

『へ? 無理無理そんなの無理だって。

 アタシ基本魔術が出来るくらいなんだよ? それを名門だなんて無理だよ……。

 そりゃアタシだって“時計塔”には入りたいけどさ。』

『汐音が時計塔に入るのが無理なのはわかっとるわい。

 わしが言っておるのは“彷徨海”のことじゃよ。』

『彷徨海……? なにそれ? 』

『わしも詳しくは知らんがのぉ。

 どうやらそこは肉体強化を得意としている様なんじゃ。

 だからわしらは思ったんじゃ汐音の運動神経ならば入門する事が可能じゃと。』

『……ヤダ。』

『何故じゃ? お前だって魔術の腕を上げたいじゃろ? 』

『そりゃまぁね、でもさ今の世の中魔術のが棄てれてるじゃん? 

 じっちゃんだって、この間ネットで買い物してたじゃんか。』

『う……魔術師とは使える物は何でも使うものなんじゃ。』

『普通の魔術師は機械に頼らないでしょ~。』

『そうか、ならば体で分からせるしかないのうぉ。』

 

そう言うと祖父は詠唱を始めるのであった。

魔力が凝縮され祖父の手の平に小さな風の渦が出来上がっていた。

 

『なっ! それはじっちゃん“最大”の風の魔術……。』

『ほっほっほ、そうじゃ受けてみるがよい!! 』

 

祖父が魔術を発動させる。

その瞬間、激しい突風が巻き起こり部屋中が滅茶苦茶になる程の威力であった。

だがしかし名城汐音はその突風を物ともせずに軽々と避ける。

やはり彼女の運動神経は並外れている。

これが一般人であったならば、抵抗できずに吹き飛ばされていたであろう。

 

『ふぅ……やはり歳には勝てんわい。

 しかし、わしの魔術を簡単に避けてくれるわい。』

『へっへ~じっちゃん“最大”の魔術が避けれるアタシには、これ以上修行は必要ないよ。』

『……汐音よ、お前は何も理解ってないのう。

 良いか、確かに今の魔術はわしの“最大”ではあるが……。

 この程度の魔術は大半の魔術師が行えるもんなんじゃ。

 ……理解ったか、名城家は魔術師として“落ちこぼれ”なんじゃよ。

 だからこそ、汐音には立派な魔術師になって欲しいんじゃ。

 まぁ、急な話じゃ少し考えるがよいわい。

 あ、それと部屋を片付けておくようにな、婆さんに叱られるからのぉ。』

 

そう言い残し祖父は滅茶苦茶になった部屋を去るのであった。

1人、部屋を片付ける名城汐音。

しかしその手はゆっくりとした動きで部屋の片付けは一向に進んでいない。

彼女は驚きを隠せないでいた。 魔術の師として尊敬していた祖父。

その祖父の魔術がごく「平凡」な魔術でしかなかったからだ。

何よりも自分よりも優れた魔術師であるはずの祖父が、

落ちこぼれの魔術師という「事実」を受け入れられないでいた……。

 

彼女は思いを馳せる「彷徨海」に。

自分も魔術師の端くれである事を実感しているからこそ、

魔術協会に入り正式に魔術を学び、腕を磨きたいと思っている。

それと同時に今の生活を続けたいという思いもある。

祖父をはじめ家族の仲は良い。

それこそ近所の人達が『仲の良い家族ですね』と言われる程である。

彼女の天真爛漫な性格もあり友達も多い、その友達と遊ぶことで自分は「一般人に戻れる」。

そんな安堵する事が出来る、唯一の場所を棄ててしまえば……。

「本物の魔術師」になれば今の生活には戻れない。

 

『……随分と悩んでいるようじゃの、汐音。』

『だって、今の生活が大切だもの、棄てたくないよアタシ……。

 でも、じっちゃんに憧れて魔術を学んだからさ、もっと実力をつけたい、

 そんな考えもあるんだ、だからアタシどうしたらいいのか……。』

『ほほっほ、なんじゃそんな事か。』

『笑い事じゃないよ! アタシにとっては大事な事なんだからさ。』

『答えは簡単じゃ“彷徨海”に行けばよい。』

『だってそれは、じっちゃん達の“願い”だからでしょ……。』

『確かにな、しかしなわしはこう思うんじゃ。

 魔術師とは“不可能を可能にする者”であると。

 だからのう、正式な魔術師になったとしても“今の生活に戻れば”良いだけじゃ。

 魔術師なんてモノは“己の我が儘”を具現化するのが使命みたいなもんじゃ。

 それに我が名城家は魔術師だが、機械を許容してるではないか。

 “故きを温ね新しきを知る”じゃ、それに前にわしが言ったじゃろ? 

 “魔術師とは使える物は何でも使うものなんじゃ”とな。

 名門がなんじゃ、彷徨海がなんじゃというのだ、そんなもの“使って”やればええんじゃ。』

『……うん決めたよ、彷徨海に行くよアタシ! やっぱりじっちゃんはアタシの師匠だね! 』

 

そう言う名城汐音の顔に陰りはなく。

新たな決意を胸に魔術協会三大部門の一角、彷徨海に向かうのであった。

そんな大事な孫娘の新たな門出を祝って。 ただ笑って見守る祖父の優しい顔がそこにあった。

 

名城汐音は苦労の末なんとか彷徨海にたどり着く事に成功するが、

もちろん魔術師として未熟な彼女が入門を許されるわけはなく門前払いであったが、

彼女の決意は凄まじいもので、諦めずに何度も門を叩きなんとか入門を許されるだけの実力を身に付け。

念願かなって彷徨海に所属することになった名城汐音。

 

そこから厳しい修行の毎日を過ごした。

今までと違って本格的な魔術の修行を重ね、平凡な魔術師程度の実力に至る。

だがしかしそこは「肉体改造」を主軸としている彷徨海である。

彼女の最大の長所である身体能力を高める為に、少しの肉体改造を行う。

平均に比べて少ない肉体改造であったが、人間単体としての性能を非常に高めている。

修業を通じて、名城汐音は新たな目標が出来た。 それは「戦闘に特化した武闘派魔術師」である。

この思想こそ従来の魔術師の在り方とは異なるものではあるが、彼女の能力を考えると相性が良かった。

しかしそこは魔術の本山とも言うべき場所であるが故に、彼女は周りから疎まれていた。

実力もままならないのであるのだから。

そんな日々がしばらく続くが、名城汐音に「新たな力」が宿る日が訪れる。

 

第一章『魔術師 名城 汐音』~終